The Fervor

第二次世界大戦下のアメリカ・アイダホ州で、日系アメリカ人メイコ・ブリッグズと幼い娘アイコは強制収容所に入れられている。メイコの白人の夫ジェイミーは軍のパイロットとして出征している。両親ともに日本人の子供ばかりの収容所内でアイコはいじめにあう。アイコは母から聞いた日本の妖怪や幽霊をノートに描いて孤独な時間を過ごす。

収容所で不思議な伝染病が発生する。感染した人々は正気を失って凶暴になる。隣人を殺傷するものも現れた。封鎖された収容所の中でメイコとアイコは恐怖に震えるが、なぜか二人は伝染病には感染しない。不思議な免疫を持っているかのようだった。

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After Steve: How Apple Became a Trillion-Dollar Company and Lost Its Soul

アップルの時価総額は2011年ジョブズの死去時に約3500億ドルだったが2022年1月には約8.5倍の3兆ドルを超えた。この奇跡的成長を牽引したのがこの本の2人の主役CEOのティム・クック、CDOのジョニー・アイヴだ。アイヴが魔法と発明で需要を作り出し、クックがメソッドとプロセスでその需要を満たした。しかしジョブズとアイヴの時代と比べると「魔法よりもメソッド、完璧さよりも持続力、革命よりも改善の勝利」だった。

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Black Cake

アフリカ系と中国系のルーツを持つカリブ移民のエレノア・ベネットが病死する。夫は5年前に亡くなっていた。息子で有名な海洋科学者のバイロンと、長く家出状態の娘のベニーがカリフォルニアの実家で再会する。母親が雇った弁護士はエレノアに託されたものがあると伝える。それは母親の音声が録音されたUSBメモリと母親自慢のブラックケーキだった。ブラックケーキとは、結婚式やクリスマスにそれぞれの家に伝わるレシピでつくるカリブの伝統の菓子だ。ケーキには「その時が来たらこのブラックケーキを一緒に食べなさい」というメッセージが添えられていた。

葬儀の前日、弁護士の立会いのもと、バイロンとベネットは母エレノアの残した長時間の音声録音を聴く。そこで語られるのは、孤児だと聞かされていた両親の本当の正体と、彼らが過去を隠して生きてきた衝撃の理由についての物語だった。両親の名前さえ嘘だった。ベネット家はバイロンとベネットが信じていたような平凡な家族ではなかった。そしてエレノアは実はふたりの前に産んだもうひとりの子供がいるという秘密を打ち明ける。

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Booth

とてつもなく面白い。超おすすめ★★★★★。1865年ワシントンのフォード劇場で、リンカーン大統領を暗殺した俳優ジョン・ウィルクス・ブースの一族を描く歴史小説。この小説はその兄弟姉妹の視点から、有名俳優一家が米国史上初の大統領暗殺者を産み出すプロセスを浮かび上がらせる。

ジョンの父ジュニアス・ブースはシェイクスピア演劇俳優で、当時のアメリカで国民的スターであった(日本で言えば多分、石原裕次郎?)。一方で大酒のみで数々の奇行でも知られていた。ジュニアスには12人の子供が生まれるが大半が幼くして死んでしまう。前半は次々に子供を失う喪失のトーンで進む。父ジュニアスは家族にある重大な秘密を20年以上も隠していた。それが露見して家族は試練にさらされる。

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The Swimmers

市民プールで泳ぐ人々は多様だ。朝に速いコースを泳ぐ競泳選手、午後に歩くコースでリハビリをする老人、夕方にゆっくりコースを泳ぐ現役会社員。思い思いに水泳を楽しんでいる。軽く挨拶をするが互いの人生に深くは立ち入らない。程よい距離感覚の地域コミュニティが形成されていた。しかし、ある日、プールの底に謎のひび割れが現れて、日に日に大きくなり、長く続いた平和なコミュニティに危機が訪れる。

文章の魔術師ジュリー・オオツカの本を読むのはこれで3冊目だ。『あのころ、天皇は神だった』『屋根裏の仏さま』と同じで文体がユニークなので10行も読めば彼女の作品だとわかる。

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For Who the Bell Tolls: One Man’s Quest for Grammatical Perfection

“For Whom the Bell Tolls”(『誰がために鐘は鳴る』)には現代英語から姿を消しつつある whom が使われている。そのmの字を消そうとしている表紙がすごく気になって手に取った。このmは消してもいいのか?結論としてはこのトーンではwhomが望ましい、だった。

編集者歴40年、ガーディアン紙のベテラン編集者による英文法エッセイ集。現代の文章を例にウィットとユーモアに富んだ考察で、文法解説の要点も押さえている。楽しく勉強になった。生きた英語をアップデートできる。

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Paper Towns

映画にもなったジョン・グリーンの青春卒業小説(映画は見てないけれども…)。少年少女が大人になる瞬間。『アラスカを追いかけて』並みに良い。★★★★。

フロリダ郊外に住む高校3年のクエンティンは隣の家のマーゴと幼馴染みだ。ふたりは幼いころは仲が良かった。公園で一緒に遊んでいるときに死体を発見した思い出を共有している。でも最近のマーゴは学園の女王として君臨し、カースト下位のクエンティンの存在など忘れているかのようだった。

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The Chosen and the Beautiful

2021年『華麗なるギャッツビー』の著作権保護期間が切れた。関連作品が多数出版された年だった。本作はギャッツビーの物語を、ナレーターのニック・キャラウェイの女友達でプロゴルファーのジョーダン・ベイカーの視点から語りなおした。

原作でジョーダン・ベイカーはイギリス系アメリカ人だった。本作では幼少期にトンキン(旧ハノイ)でアメリカ人夫婦の養子になったベトナム系アメリカ人という設定に変えている。バイセクシャルでもありデイジー・ブキャナンと親密な関係を持つ。切り紙人形につかの間の命を吹き込む幻術を使うという、マジックリアリズム設定もある。

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Word Power Made Easy

ノーマン・ルイス先生によるボキャブラリ・ビルダー2冊目。2ヵ月かけて修了。初版1949年のロングセラー。名著だった。英語力間違いなく増強。今は汗でボロボロ。難しい単語を数百語覚えた。派生する数千語を識別可能になった。この本は”Instant Word Power”の続編と考えてよい。扱う単語に共通している部分があるが、語数は数倍に増え、単語レベルは格段に上がっている。英検1級学習に最適。

我々日本人は知らない漢字を目にしたときに、これは魚へんだから魚類だろうとか、さんずいだから水が関係しているだろう、などと部首の知識から推測できる。実は英語でも同じようなことができる。

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Last Night at the Telegraph Club

これはマジで感動した。2021年度全米図書賞(青少年文学部門)受賞作。大人が読んでも5つ星のラブストーリー。サンフランシスコ好きな人にもおすすめ。★★★★★。

1954年のサンフランシスコのチャイナタウン。17歳の中国系アメリカ人リリー・フーは、数学が得意でロケットエンジニアになる夢を抱いている。ある日リリーはレズビアン・バー「テレグラフ・クラブ」の広告を目にした。男装の麗人トミー・アンドリュースの姿に奇妙に惹かれる自分に気がついた。リリーは数学のクラスではじめて友達になった白人キャサリンもクラブに興味をがあることを知る。ふたりはIDを偽造し、深夜に家を抜け出しクラブに忍び込んだ。そこでは外では許されない同性愛者たちのめくるめく世界が広がっていた。

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The Nineties

90年代は事実上、ベルリンの壁の崩壊(89)で幕を開け、ツインタワーの崩壊(2001)で終わった。アメリカはブッシュ(父)とクリントン大統領の時代で、ニルバーナのカート・コバーンが自殺し、『タイタニック』が大ヒットし、「クイア」が生まれ、ペローが選挙を攪乱し、クリントンがセックススキャンダルを起こし、『となりのサインフェルド』を4人に1人が視聴し、そして”You’ve got mail”が1日に2700万回鳴り響いた時代だった。

必死にがんばることがカッコ悪い時代だった。

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The Island of Missing Trees

民族対立を乗り越えて生きのびる愛と樹木の物語。傑作”10 Minutes 38 Seconds in This Strange World”のイギリス系トルコ人作家エリフ・シャファクによる待望の新作。すごく良い。

1974年キプロスの首都ニコシアで、ギリシア系住民コスタスとトルコ系のダフネは恋に落ちた。対立する民族の出身のふたりは、夜はにぎわうが昼間には無人の居酒屋ハッピーフィグ(幸福のイチジクの木)で秘密の逢瀬を重ねた。店の真ん中にはイチジクの木が植えられており、梢は天井に空いた穴から上へ伸びていた。やがて民族対立は今に続く紛争になる。かつての隣人が殺しあい街は爆弾で破壊されていく。コスタスとダフネの関係、家族や友人の人生も、人々をつなげる場所のハッピーフィグも、暴力によって壊されていった。

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The Awakened Brain: The New Science of Spirituality and Our Quest for an Inspired Life

リサ・ミラーは科学者であると同時にスピリチュアルの実践者でもある。科学的研究と同時に自身の体験も混ぜて語っている。だから科学の線引きが曖昧な部分がある。しかし覚醒した脳が利他主義、隣人愛、自己愛、一体感、道徳意識を喚起するという意見は納得がいった。それは現代人が宗教と一緒に失ったも美徳のリストだ。教会に行って神に祈る時の脳の状態は、マインドフルネスで得られるとの状態や、山にハイキングに行ってリラックスした時の脳の状態と同じだそうである。宗教と切り離した形で、エビデンスベースの方法論で、脳を覚醒させる方法はもっと探究すると良さそう。

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Recitatif

どちらが黒人でどちらが白人?偏見リトマス紙でできた小説。

ノーベル賞作家トニ・モリソンが1983年に発表した実験小説。短すぎて単独本になっていなかったが、この1月ゼイディー・スミスの解説を付け、極薄ハードカバー本として刊行された。本当に素晴らしい企画になった。★★★★★。

トワイラとロベルタは8歳の時、孤児院で知り合った。ふたりは育児放棄の犠牲者だ。日曜日の教会に身勝手なふたりの母親は面会に現れる。トワイラの母親マリーは教会には適さない服装でやってきて、大柄で貫禄のあるいで立ちのロベルタの母親に握手を求めるが、ロベルタの母親は拒絶する。マリーは罵った。

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Olga Dies Dreaming

2017年の調査によると約半数のアメリカ人がプエルトリコ人がアメリカ国民だと知らなかった。プエルトリコはアメリカ合衆国の自治的・未編入領域のコモンウェルスだ。彼らは所得税を支払う義務がない代わりに大統領選の投票権を持たない。トランプは一時期、プエルトリコの売却を検討していたと言われる。そういう独特な立場を生きる、あるプエルトリコ人家族の激しく華々しい確執のドラマ。

39歳のオルガ・アセベドはニューヨークの超富裕層向けウェデイングプランナーとして活躍している。兄のプリエト・アセベドはブルックリンのラテン系住民を支持基盤とする人気の下院議員である。オルガは富と名声を、プリエトは権力と大義を求めて、成功したアメリカンドリームの体現者だ。

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