Tokyo Junkie: 60 Years of Bright Lights and Back Alleys . . . and Baseball

今年最初の5つ星の本は、二つの東京オリンピックに挟まれた、昭和・平成60年間の回顧録。著者は日本在住81歳のジャーナリスト、ロバート・ホワイティング。英語で海外の読者向けに書かれているが、本当にこの本を読んで楽しめる読者はこの時代を生きてきた私たち日本人だ。高度経済成長期、バブルと崩壊、そして失われた30年を私たちと同じ大衆目線から見つめてきた貴重な証言者だ。ただのノスタルジーにとどまらず、一級の日本文化論としても秀逸である。★★★★★。

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Grey Bees

ウクライナを代表する作家アンドレイ・クルコフが、ロシア侵攻前の2018年にロシア語で発表した小説。ロシアとウクライナの紛争地帯が舞台で緊張感はあるが、暗い戦争小説ではなく、ウィット、ユーモアに富む人間ドラマで、読むのが楽しかった。

主人公のセルゲイ・セルゲイッチは鉱山の安全検査員を辞めて養蜂家になった49歳で、離婚しており妻と娘は別の場所で暮らしている。彼が住んでいるドンパスは、ウクライナ軍の支配地域とロシアが支援する分離主義者が対立する境界「グレーゾーン」にある。爆撃やスナイパーの狙撃が激しくなって住民は逃げ出し、この街に住むのはセルゲイと隣人のパシュカの二人だけになってしまった。セルゲイにとってパシュカは長年の宿敵だったが、電気が止まり、危険と隣り合わせの環境になった今、二人は協力せざるを得なくなる。

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Easy to Learn, Difficult to Master: Pong, Atari, and the Dawn of the Video Game

Pongの開発者ラルフ・ベアと、アタリの創業者ノーラン・ブッシュネル.「ビデオゲームの父」の称号をめぐるライバル関係を描いたグラフィック・ノベル。先日読んだクライブ・シンクレア(シンクレア)とクリスカリー(エイコーン)の”Micromen”ライバル関係を思い出させる。

ナチスの迫害を逃れドイツからアメリカへ移住したユダヤ人であるベアはエレクトロニクスのエンジニアとして働いた。60年代に彼はテレビでゲームができると思いつき、世界初のビデオゲームと言われるPongを開発し、1972年に世界初のビデオゲーム機マグナボックス・オデッセイを世に送り出した。

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Tokyo Rose – Zero Hour

第二次世界大戦中、日本政府は敵国アメリカ、イギリス、オーストラリアの兵士に向けてラジオ(現在のNHKワールド・ラジオ日本)で英語のプロパガンダ放送を行った。音楽と語りでホームシックや弱気を誘い士気をくじくのが狙いだった。放送には外国人捕虜や、海外で育った日本人の二世たちが強制的に動員された。とりわけ人気番組『ゼロアワー』の女性アナウンサーは連合国軍兵士に人気になり「東京ローズ」の愛称がつけられた。

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The Philosophy of Modern Song

最高のコーヒーテーブルブックは、ボブ・ディランの”The Philosophy of Modern Song”だ。2016年ノーベル賞受賞後初の本であり、ディランが1950~1970代を中心に66曲の懐メロを選んで評論した。それぞれの楽曲に関連して選ばれた写真も充実している。YoutubeやSpotifyで曲を再生させながらディランのエッセイを読んでいると1時間、2時間がすぐ過ぎてしまう。

取り上げるアーティストは多彩で、ウィリー・ネルソン、ピート・シガーのようなフォーク、イーグルス、フー、グレイトフルデッドのようなロック、ハンク・ウィリアムス、ジョニー・キャッシュのようなカントリー、ペリー・コモやビング・クロスビーのようなポップス、エルビス・プレスリーやフランク・シナトラのような大スター、そしてR&Bやパンク、カントリーブルースやブルーグラスもある。次に何が出てくるのかページをめくるのが楽しい。

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Erewhon

1872年出版、日本は明治維新の真っ只中に書かれたシンギュラリティSF小説。

1835年生まれで、高名な教育者の司教を父に持つサミュエル・バトラーは、親から遺産分与を早めにもらい、イギリスの植民地になって十数年のニュージーランドに移住した。牧畜で暮らしていたが、ある日町の小さな本屋でダーウィンの『種の起源』を手に取った。彼は進化論の熱烈な信奉者になった。新聞にダーウィンを称賛する寄稿をし、ダーウィンの家を訪問して歓待された。

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Amstrads and Ataris: UK Home Computers in the 1980s

1980年代のイギリスにおけるマイコンブームの代表的機種と企業を紹介する懐古趣味のガイド。アメリカや日本とは少し違う80年台がある。日本では実機を目にすることがほぼなかったが、雑誌で憧れの目で見た海外の名機たちが蘇る。写真もたっぷりある。

Apple社のApple II、Atariの2600、CommodoreのC64、Amigaなどの世界中で売れた機種と企業も出てくるが、それらの企業は他の本でもよく紹介されている。この本が詳しいのはイギリス国内で高いシェアを持っていたAcorn社、Sinclair社、そしてAmstrad社だ。

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Xi Jinping: The Most Powerful Man in the World

「世界で最も権力のある男」習近平のまとまった評伝本はほとんどない。今年英訳が出たこの本は、ドイツの2人のジャーナリストによって書かれている。巻末に示される数百件の資料調査をベースにしておりスクープや独占インタビューのような要素はないが、習近平と中国の今が客観的かつ包括的に説明されている。読みごたえがあった。★★★★。

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Babel, Or the Necessity of Violence: An Arcane History of the Oxford Translators’ Revolution

決定打きた!2022年最高の小説はこれだ!超ド級の言語の力をめぐる幻想ファンタジー。震えた。打ちのめされるようなすごい本だ。★★★★★。

1828年の中国広東、母親をコレラで亡くした少年は、後見者になったオックスフォード大学の言語学教授リチャード・ラヴェルによってイギリスに連れてこられた。少年は教授に英語の名前に改名するように命じられ、ロビン・スイフトと名乗るようになった。ロビンは教授の家でラテン語、古代ギリシア語、英語、中国語の猛特訓を受けてすべての言語に流暢になった。そしてオックスフォード大学の王立言語学研究所”バベル”へ入学した。そこには世界中から多様な言語の研究者が集められ、”シルバーワーキング”という魔術に取り組んでいた。

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Making History: The Storytellers Who Shaped the Past

トルコのハリカルナッソスには立派な髭を蓄えた「歴史の父」ヘロドトスの像があるが、像を作った者がヘロドトスの容貌を知っていたわけではない。しかし歴史の父にふさわしい厳かさを備えた像は、後世の人たちのヘロドトスの印象を形作った。

歴史を作るのは誰か?政治評論家のリチャード・コーエンは、歴史を作るのは歴史学者ではなく、物語を作るのがうまかった人たちだという理論を主張し、有名な小説家、劇作家、ジャーナリスト、政治活動家、宗教活動家など、世界史上の代表的なストーリーテラー数十人の生涯を取り上げる。

ヘロドトス、マキャベリ、シェイクスピア、ヴォルテール、マルクス、シーザー、グラント将軍、チャーチル、班昭、聖書の書き手たち、ウィンストン・チャーチル、ソルジェニーチン、トニ・モリソン、ヒラリー・マンテル、ヒストリーチャンネルの解説者など古代から現代まで、わき役も含めると数百人に及び、幅広くカバーしている。

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Commodore: A Company on the Edge

パーソナルコンピュータの黎明期は、歴史修正主義者によって、アップルやマイクロソフトやIBMが中心だったかのように不当に書き換えられてしまったが、最初のパソコンはコモドールが作ったし、普及させたのもコモドールである、という渾身の反撃。西和彦も岩田聡も、コモドール日本支社のオフィスにたむろする”グルーピー”に過ぎなかった。

この本はコモドール社という今は亡き会社のドキュメンタリだが、80年代のコンピュータ草創期の貴重な証言を多く含んでいる。暴君ジャック・トラミエルと天才チャック・ペドルを中心に同社の黄金時代が細部まで丁寧に書かれている。ドラマチックで面白すぎ。★★★★★。

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After Sappho

ブッカー賞ノミネート作品。

“The first thing we did was change our names. We were going to be Sappho,”

私たちが最初にしたのは名前を変えることでした。サッフォーでいくことにしました。

古代ギリシアの詩人サッフォー(630~570 BC)は、同性愛者だったと言われ、彼女が住んだレスボス島からレズビアンという言葉が生まれた。一説によると、サッフォーは島に選ばれた子女だけが入学できる女子高を作ったという。サッフォーが書いた詩は、完全な形で残っているものはわずかで、多くの作品は他の作家の作品の中に引用される形で、断片的に伝わっている。

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Tomorrow, and Tomorrow, and Tomorrow

な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁっ!?(松田優作風)。私の今年のベストはこれにするかも。特に後述する条件を満たす人には感涙必須の神本。刺さりすぎる。★★★★★。

1987年、11歳の少女セイディ・グリーンは、白血病で入院している姉を訪ねた病院の遊戯室でテレビゲームを遊んでいた同い年の少年サム・メイザーと出会う。サムは交通事故で足に重傷を負って長期入院中だった。サムは、セイディにスーパーマリオ・ブラザーズで旗竿のてっぺんに乗る方法を教えた。ふたりは何時間もゲームに熱中した。セイディはその日以来、両親と一緒に妹の見舞いにくるたびに遊戯室に通うようになった。ふたりは600時間以上、一緒にゲームと遊び、友情を育んだ。しかしセイディが隠していた小さな秘密がサムにばれて、ふたりの関係は唐突に終わってしまう。

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The Seven Moons of Maali Almeida

ブッカー賞受賞作。

スリランカの現代政治批評、ヒンズー教の死生観、マジック・リアリズム、知的で冷笑的な語り口…2022年ブッカー賞最終候補に残っているシェハン・カルナティラカは、スリランカ版サルマン・ラシュディだ。

スリランカ人のフォトジャーナリスト、マーリ・アルメイダは目覚めると、異世界にいて意識が朦朧としていた。悪友に飲まされた薬のせいかと思ったが違った。彼は何者かに殺され、煉獄にいるのだった。鬼と幽霊が闊歩する「狭間」で、死者たちは「光の世界」へ入るための事務手続きの行列に並んでいた。死者には煉獄の世界に7つの月(地球の時間で七日間)の期間、滞在が許されている。それは死者が直近の人生を思い出し、忘れるための時間だった。

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