Grey Bees

『灰色の蜂』 “Grey Bees” by Andrey Kurkov,2018

ウクライナを代表する作家アンドレイ・クルコフが、ロシア侵攻前の2018年にロシア語で発表した小説。ロシアとウクライナの紛争地帯が舞台で緊張感はあるが、暗い戦争小説ではなく、ウィット、ユーモアに富む人間ドラマで、読むのが楽しかった。

主人公のセルゲイ・セルゲイッチは鉱山の安全検査員を辞めて養蜂家になった49歳で、離婚しており妻と娘は別の場所で暮らしている。彼が住んでいるドンパスは、ウクライナ軍の支配地域とロシアが支援する分離主義者が対立する境界「グレーゾーン」にある。爆撃やスナイパーの狙撃が激しくなって住民は逃げ出し、この街に住むのはセルゲイと隣人のパシュカの二人だけになってしまった。セルゲイにとってパシュカは長年の宿敵だったが、電気が止まり、危険と隣り合わせの環境になった今、二人は協力せざるを得なくなる。

物語前半部は、厳冬化で食糧が底を尽いた状況で、セルゲイが犬猿の仲のパシュカと交流を深めたり、ウクライナ側のスナイパーと知り合ったり、家の窓から見える兵士の遺体を埋葬する。窮極の状況で人の本質が見えてくる。人嫌いだったセルゲイが少し心を開いて、人を信頼し始める変化がうまく描かれている。

後半は動的になる。季節がハチを野に出す春になり、セルゲイも外交的になる。ハチの巣箱を車に積み込み、古い知人の養蜂仲間のタタール人を訪ねて、ロシアに2014年に占領されたクリミアに向かう。グレーゾーンからやってきたセルゲイは、検問するロシア人からは疑いの目で見られ、乗っているのがロシアナンバーの車なので現地のタタール人からも攻撃される。ウクライナの複雑な政治と社会状況が明らかにされる。

著者は養蜂にさまざまな比喩を持たせている。セルゲイは常にハチたちの世話をしなければならない。ハチは蜜を作るが人間を襲う両面性を持っている。ハチの巣箱はセルゲイにとって生きがいであり、背負っている人生の重荷である。養蜂はハチに土地の養分を吸わせることで成り立っている。セルゲイの飼育するハチたちは、グレーゾーンの憎しみ、悲しみを吸って灰色になる。養蜂のメタファーは考えるのが楽しい。

そしてこの小説の最大魅力は、セルゲイのキャラクターだ。危険な状況でも、決して焦ることはなく、建設的な展開を考えて行動する。不器用な男なので、人との交流は苦手だが、世話を誠実なので人に助けられて道が開けていく。主人公といつまでも行動を共にし、応援していたい小説である。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

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