Making History: The Storytellers Who Shaped the Past

『歴史を作る:過去を形作ったストーリーテラーたち』

“Making History: The Storytellers Who Shaped the Past” by Richard Cohen, 2022

トルコのハリカルナッソスには立派な髭を蓄えた「歴史の父」ヘロドトスの像があるが、像を作った者がヘロドトスの容貌を知っていたわけではない。しかし歴史の父にふさわしい厳かさを備えた像は、後世の人たちのヘロドトスの印象を形作った。

歴史を作るのは誰か?政治評論家のリチャード・コーエンは、歴史を作るのは歴史学者ではなく、物語を作るのがうまかった人たちだという理論を主張し、有名な小説家、劇作家、ジャーナリスト、政治活動家、宗教活動家など、世界史上の代表的なストーリーテラー数十人の生涯を取り上げる。

ヘロドトス、マキャベリ、シェイクスピア、ヴォルテール、マルクス、シーザー、グラント将軍、チャーチル、班昭、聖書の書き手たち、ウィンストン・チャーチル、ソルジェニーチン、トニ・モリソン、ヒラリー・マンテル、ヒストリーチャンネルの解説者など古代から現代まで、わき役も含めると数百人に及び、幅広くカバーしている。

歴史の父ヘロドトスの著した『歴史』は旅行の見聞記であり、各地で収集した物語だった。シェイクスピアの描く中世の王たちや悪役たちは人間的で魅力的で、学術的な記述よりも記憶に残りやすかった。ヒラリー・マンテルが書いた『ウルフ・ホール』はチューダー王朝の権謀術数のドラマを見てきたかのように描いた。学校で習う事実の羅列よりも、わかりやすい創作が人口に膾炙するというのは日本も同じ。司馬遼太郎や井上靖のような歴史小説家の作品やNHK大河ドラマが、日本国民の日本史観に大きな影響を与えている。

女性の歴史家、黒人の歴史家、共産主義の歴史家、病気や障害を持った歴史家、戦時の歴史家、学者としての歴史家など、22章はテーマを持っている。物語の書き手の背景を知ることで、それぞれの書き手が持つ歴史観あるは偏見の形成プロセスが見えてくる。誰が重要で誰がそうでないか、誰が善で誰が悪なのかをストーリーテラーが決める。

歴史小説というジャンルを確立したのはイギリスの詩人で小説家ウォルター・スコット(1771年~1832)だった。彼が書いた『ウェイヴァリー』に影響を受けてディケンズは『二都物語』を書き、トルストイは『戦争と平和』を書き、マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』、アレックス・ヘイリーの『ルーツ』が書かれて現代の歴史小説につながった。偉大な作家たちにも、ああいう風に書こうというモデルがあった。

政治家ウィンストン・チャーチルは歴史書『第二次世界大戦」を書きノーベル文学賞を受賞した大作家だった。政治家としての収入の30倍を印税で稼いでいて、大勢のリサーチャーや校正者を雇って本を書いていた。生涯年収は4000万ドル(約55億円)、書いた文字数は510万語であり、シェイクスピアとディケンズの書いた語数の合計を超える。自ら政治家として歴史を作りだし、本にした稀有な存在で、幾多のストーリーテラーの中でも傑出して見えた。

『歴史とは何か』の著者E.H・カーは「歴史を研究する前に、歴史家を研究しなさい」といった。ヒラリー・マンテルは「すべての歴史の裏にはもうひとつの歴史があるのです。少なくとも歴史家の人生があるのです」と言った。純粋な歴史学者の目からすればストーリーテラーは歴史を捻じ曲げている。でもこの人たちがいなかったら、学者以外の人間にとって歴史にどれほどの意味が残るだろうか。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

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