The Island of Missing Trees

“The Island of Missing Trees” by Elif Shafak, 2021

民族対立を乗り越えて生きのびる愛と樹木の物語。傑作”10 Minutes 38 Seconds in This Strange World”のイギリス系トルコ人作家エリフ・シャファクによる待望の新作。すごく良い。

1974年キプロスの首都ニコシアで、ギリシア系住民コスタスとトルコ系のダフネは恋に落ちた。対立する民族の出身のふたりは、夜はにぎわうが昼間には無人の居酒屋ハッピーフィグ(幸福のイチジクの木)で秘密の逢瀬を重ねた。店の真ん中にはイチジクの木が植えられており、梢は天井に空いた穴から上へ伸びていた。やがて民族対立は今に続く紛争になる。かつての隣人が殺しあい街は爆弾で破壊されていく。コスタスとダフネの関係、家族や友人の人生も、人々をつなげる場所のハッピーフィグも、暴力によって壊されていった。

物語は2010年のロンドン、コスタスとダフネの娘エイダの視点から始まる。家の庭にはイチジクの木が植えられていた。16歳になるエイダは両親がキプロス出身の移民だとは知っていたが、それ以上のことは何も知らなかった。両親はキプロスのことはまったく話さず、親戚づきあいも避けてきた。母ダフネが最近亡くなりエイダの心は不安定だ。そこにエイダの姉ミリアムがキプロスから訪ねてくる。初めて会う叔母からエイダは両親の隠してきた激動の過去を知ることになる。

物語の一番魅力的で重要な語り手はイチジクの木だ。この木には魂がありキプロスとエイダの家族の歴史の目撃者であり証言者だ。「1974年の夏のキプロスで恋に落ちるなんてありえないことだ。でもこのふたりはそこにいてしまったのだ」、すべてを見てきたイチジクの木が雄弁に語る。人間の愚かさを上から見下ろす神の視点の役割を果たす。神にしてはフレンドリーでおしゃべりすぎるのだが。

樹木の研究者コスタスは、木を見たときに人が最初にどこを見るかでその人の価値観がわかるという。木の幹を最初に見る人は秩序や安全を重視する。枝を見る人は変化と自由を重視する。根に目をやる人は歴史やアイデンティティを大切にする。大人の登場人物たちの人生は、彼らが選んだ選択肢から、どのタイプなのかは明白に見える。エリフ・シャファクは、新世代のエイダの価値観に希望を託している。それは3つの選択肢には収まらない、人々の争いを乗り越えていく、インクルーシブな考え方。

エリフ・シャファクは大きな喪失に直面した人々の連帯と再生の物語をライフワークにする作家だ。”10 Minutes 38 Seconds in This Strange World”では共通の友人の死に直面して、友人たちがつながる話だった。今回の作品ではキプロス紛争がもたらした悲劇がテーマになっており、話のスパンも約40年と、より大きな厚みのある物語になった。今はロシア・ウクライナを意識せずには読めない内容だった。そして今読まれるべき作品だと思った。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

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