The Fervor

『白熱』”The Fervor” by Alma Katsu, 2022

第二次世界大戦下のアメリカ・アイダホ州で、日系アメリカ人メイコ・ブリッグズと幼い娘アイコは強制収容所に入れられている。メイコの白人の夫ジェイミーは軍のパイロットとして出征している。両親ともに日本人の子供ばかりの収容所内でアイコはいじめにあう。アイコは母から聞いた日本の妖怪や幽霊をノートに描いて孤独な時間を過ごす。

収容所で不思議な伝染病が発生する。感染した人々は正気を失って凶暴になる。隣人を殺傷するものも現れた。封鎖された収容所の中でメイコとアイコは恐怖に震えるが、なぜか二人は伝染病には感染しない。不思議な免疫を持っているかのようだった。

同じころオレゴン州では牧師のアーチー・ミッチェルが妊娠中の妻のエルシーと教区の子供たちを連れてピクニックにでかける。山中で彼らはパラシュートのようなものが落ちているのを発見する。その発見が大きな悲劇の始まりになるとは誰もきがついていなかった。

ワシントン州ではユダヤ人の新聞記者フラン・ガストワードが不倫中の会社の同僚と山にキャンプを楽しみに来ていた。フランもまた山中でパラシュートのようなものを見つける。残骸に触れた同僚は体調を崩した。フランはこの発見を記事にしたいと考えたが同僚は不倫がばれるのを恐れて反対する。フランは単独で謎の解明を試みる。

不思議なパラシュート事件の周辺で、関係者たちは赤子を抱えた髪の長い女の幽霊を見る。幽霊は人間に赤ん坊を抱えさせると恐ろしい正体を現す。この幽霊は日本の絡新婦(ジョロウグモ)の伝承に基づいておりアイコがノートに描いた妖怪と同じものだった。収容所の疫病とパラシュートの事件がひとつにつながっていく。

著者アルマ・カツはアメリカ連邦政府で29年間に渡り諜報と外交の仕事に就いた後、ランド研究所の上級コンサルタントを務めたという異色のバリキャリ経歴を持つ小説家。カツは日系の母親を持ち、この本のメイコとアイコが収容所で受けた迫害は、彼女自身の家族の物語である。

他にも史実をベースにしている部分がある。第二次世界大戦で日本陸軍は気球に爆弾を搭載して飛ばし太平洋を横断させアメリカ大陸を無差別に攻撃する風船爆弾を開発した。9000発の風船爆弾が発射されて1000発程度がアメリカに到達した。オレゴン州ブライの山中でピクニック中の民間人が不発で木からぶら下がった風船爆弾に触れて爆発が起き6人が死亡した。風船爆弾で人が死んだ唯一の事件がこの作品のモデルになっている。

この作品は、日本の妖怪伝承に基づく超常現象ホラーとして始まるが、途中で疫病パニックになって、最後は人種差別反対の社会派小説として終わるというアクロバティックな展開をする。時代小説のふりをしながら、現代のアジア人へのヘイトクライムをテーマにする問題提起をしている。読後にあらすじを整理するとずいぶんと散らかったプロットに呆れたのだが、読んでいる最中はカツの巧みなストーリーテリングの技より物語に自然に引き込まれた。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

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