Piranesi

『ピラネージ』 “Piranesi” by Susanna Clarke, 2021

Women’s Prize for Fiction 2021の超意外な受賞作。女性作家によるものだがフェミニズムの要素はまったくない。ヒューゴー/ネビュラ賞にもノミネートされた見事な奇想の小説だ。小説技法として極めて洗練されている。100手順くらいのカラクリ箱をあけるようなパズル体験ができる。★★★★★

ピラネージは「ハウス」に住んでいる。「ハウス」は巨大な迷宮で最初の部屋にはミノタウロスの彫像があり、その先には何千もの部屋と階段がある。それぞれの部屋には奇妙な彫像が並んでおり、高い場所には鳥が棲みついている。「ハウス」には潮の満ち引きがあり周期的にフロアは浸水する。ピラネージは釣りをしたり貝を獲ったりして暮らしている。

ピラネージには過去の記憶がない。自分が誰なのか「ハウス」が何なのかを知らない。「ハウス」にはもうひとりの住人「アザー」がいる。アザーは時々何らかの方法で外界から物資を調達してピラネージに分け与えてくれる。ハウスには昔はたくさんの住人がいたようで時々遺物が発見される。ピラネージは今は亡き彼らのことを「デッド」と呼んで祀っている。

ピラネージは毎日「ハウス」を探索し迷宮の構造や潮の満ち引き時間、起きた出来事を日誌に詳細に書き込む。その探索の途中で「アザー」以外の人間の残したメッセージを見つけた。それをアザーに報告するとそれは危険だから関わるなと警告された。しかし「ハウス」に二人以外に生きた人間が存在することにピラネージの好奇心は刺激される。

最初の100ページを読んでもこれが何の話なのか、小説のテーマが何なのかが分からない。もやもやする。しかしミステリアスな世界描写とユニークな文体にずるずると引き込まれて読むのを止めることができない。次第にもやもやの不快感が心地よい宙づり感に変わる。わけがわからないが慣れてしまってもうこの世界に住んでいてもいいかと思える頃に、物語は急展開をして全貌が明かされる。

スザンヌ・クラークはストーリーテリングの魔術師だ。最初から最後までその術に翻弄された。これは夢を見ているのだと何となく気が付いているが起きられない夢。M・ナイト・シャマランの映画のようなひねりがある。245ページと長くない中編だが想像力の巧妙な幻惑の仕掛けに完全に降参させられた。

ピラネージという名前は18世紀イタリアの画家、建築家のジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%B8?fbclid=IwAR0KzNnE0aBmmiGLkDwAcPWQ0WXcvKY5gsLr9sFSzQVBjadDounWhGZyRaY
)から取ったと思われる。彼の書いた迷宮のような牢獄が「ハウス」のモデルだ。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

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