The Colony

1979年の夏、アイルランドの西にある島に、イギリス人の中年の画家ロイドが、島民の案内で船で渡ってくる。彼の絵はロンドンで人気が低迷していた。島の独特の岩礁を描くことで「北半球のゴーギャン」になり、ディーラーの妻を見返してやろうとロイドは画策している。島は過疎化が進んでおり、島民は彼のような外部の人間に家を貸すことで貴重な現金収入を得ていた。

ロイドが到着すると、すぐにもうひとりの訪問者、フランス人の言語学者マソン(通称JP)が島にやってくる。彼は過去5年間、毎年この島を訪問してゲール語の調査を行っている。島民たちは英語ではなく、古い土着の言語を主に使っていた。マソンはこの研究成果で大学教授のポストを確実なものにしようと目論んでいる。

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The Caesars Palace Coup: How a Billionaire Brawl Over the Famous Casino Exposed the Power and Greed of Wall Street”

シーザース・パレスのクーデター。有名カジノをめぐる億万長者の争いは、いかにしてウォール街の権力と欲望を露わにしたのか。

巨大な債務を抱え倒産寸前のカジノ企業に、ハゲタカファンドや熟練の投資家、法律家、プロ経営者たちが群がる。複雑な金融のテクニックを駆使して、経営を再建し、大儲けを企む人々のスリリングなドキュメンタリー。

ラスベガスの真ん中にあって少し特別感が漂うシーザーズパレス。古代ローマ風の豪華な外観のフラッグシップホテルの他、老舗のフラミンゴ、パリス、リオなど幾つものホテルを傘下に持ち、MGMとならぶベガスの一大勢力だ。

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The Perfect Golden Circle

1989年のイギリスで、ミュージシャン崩れでおしゃべりなレッドボーンと、フォークランド紛争の退役軍人カルバートの2人は、熱い夏の週末、夜中に車で広大な畑のあるエリアへでかけてミステリーサークルを作り続ける。

綿密なリサーチで場所を選定し、斬新なデザインで人を驚かすサークルを作る。2人は暗黙のルールに従っている。同じ場所には2度と行かない。畑を破壊してはいけない、もし捕まったら黙秘を貫く、デザイン案などのメモは破棄する、絶対にこのことを人に話してはならない、酒は一杯か二杯までにする、など。

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Oh William!

エリザベス・ストラウトは英語が読みやすいのでピュリッツアー賞の「オリーブ・キタリッジの生活」以降、ほぼ全作読んできた。本作はあの人間ドラマの名手が、人間を理解するとはどういうことかというテーマに真正面から挑んだ。

60代の作家ルーシー・バートンは夫デービッドに先立たれた。前夫ウィリアムとの間には二人の娘がいて、今もよく連絡を取っている。70代のウィリアムはルーシーと別れた後に再婚した妻に去られ、一人で暮らしている。ルーシーとウィリアムは今更復縁する意思はなかったが、互いの人生のよき理解者だと考えていた。ある日ウィリアムがオンラインで家系を調べていると、会ったことがない妹がいることが判明する。ウィリアムはその妹を探す旅にルーシーを誘う。

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Case Study

1965年のロンドン、作家のGMB(著者のイニシャル)はマーティン・グレイを名乗る謎の人物から、彼の従妹が遺したという6冊のノートを郵送で受け取った。グレイはGMBにそのノートを元にして本を書いてほしいと依頼した。

ノートは匿名の女性によって書かれていた。彼女にはベロニカという姉がいた。ベロニカはカリスマ心理療法士のコリンズ・ブレイスウェイトの診察を受けていたが、クリニックの傍で飛び降り自殺をしていた。ノートの書き手は姉の死は心理療法が原因と考え、調査のためにレベッカ・スミスという偽名を使ってブレイスウェイトの患者になった。

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Whole Earth: The Many Lives of Stewart Brand

『Stay Hungry, Stay Foolish』のスチュアート・ブランドの評伝が出た。作家ジョン・マルコフが長期間の本人インタビューをもとに書き上げたオフィシャルで決定版的なバイオグラフィーになっている。デジタル系カウンターカルチャーの源流を知る、思ったよりも曲がりくねった旅。副題は”The Many Lives of Stewart Brand”。読んだ後訳すとすれば『数奇な人生』かな。面白かった。

1966年、LSDでトリップしながら屋根の上に寝そべっていた時、28歳のスチュアート・ブランドは人々が地球全体(ホールアース)を撮影した写真を見れば、人類の意識が変わると考えた。NASAに地球の写真の一般公開を呼びかけた。「なぜ我々は地球全体の写真を見たことがないのか?」という質問を印刷したバッジを配布するキャンペーンを開始した。

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Glory

”ここは動物農場ではなく、ダともうひとつダがつくジダダだ!”

物語冒頭の演説の中で、ジダダ国の独裁者オールドホースの妻”ドクター・スイート・マザー”が否定しているが、”Glory”は現代のジンバブウェを舞台にした『動物農場』だ。ジンバブウェでは2017年に副大統領(75歳、あだ名がワニ)主導の革命が起き、1980年より37年間に渡って独裁統治を続けたロバート・ムガベ大統領(94歳)が辞任した。この独裁者の妻のモデルはムガベの妻グレース夫人だ。国民は革命によって民主化と経済の停滞が回復することを願ったが、新たな高齢の独裁者の下で混乱は続いている。

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The Language Game: How Improvisation Created Language and Changed the World

コーネル大学の心理学教授モーテン・H・クリスチャンセン、ワーウィック大学の行動学教授ニック・チェイターが「インプロヴィゼーションが言葉を生み、世界を変えた」説を一般読者向けにわかりやすいエピソードを交えて語る。★★★★。

1769年、クック探検隊の船が食糧と水を補給するために南米大陸の末端に上陸した時、西洋人と未接触の部族と遭遇した。西洋人と原住民はまったく異なる言葉を話し、異なる文化を持っていた。コミュニケーションは不可能に思われた。

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The Trees”

どんどん過激化する、寝不足間違いなしの犯罪スリラー。ここ数年で読んだスリラーの中で最も残虐で陰鬱だが、読み始めたら止められなかった。ラストは本当にとんでもないことになる。2021年度ペン・フォークナー賞の候補作

ミシシッピー州の田舎町マネーで殺人事件が起きる。現場には白人の成人男性と黒人の少年の死体が横たわっていた。少年の首には有刺鉄線が巻かれていた。白人の性器が切り取られており、少年の手に握られていた。ふたりが互いに殺しあったかのような不可解な現場だった。

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Trust

ヘルナン・ディアスは2017年のデビュー作『In The Distance』でピュリッツアー賞やペン・フォークナー賞の最終候補に残った実力派。『Trust』は長編2作目にあたる。

眩惑のメタフィクションだ。

第一部は1938年に書かれた小説『Bonds』で始まる。主人公は1920年代のウォールストリートで莫大な富を築いた投資家ベンジャミン・ラスクと慈善家の妻ヘレン。天才的な投資センスで成り上がっていくベンジャミンの影で、精神を病んでいくヘレンの光と影の物語。『華麗なるギャッツビー』を思わせる、ドラマチックな約120ページの中短編だ。

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The Kaiju Preservation Society

腹に天然の原子炉を持つ怪獣たちが大暴れ。ヒューゴー賞作家による日本の怪獣映画へのオマージュたっぷりのSF小説。換骨奪胎された異次元のゴジラ・モスラが楽しい。ITベンチャー要素もあり。間違いなくドラマ化されそう。

2020年、パンデミックがニューヨークを襲った。フードデリバリーベンチャーのエグゼクティブ、ジェイミー・グレイはCEOから突然解雇を言い渡され、末端の配達員として生計を立てている。配達先で古い知り合いのトムと出会う。トムは勤務先のKPSというNPOでポストに空きがあるとジェイミーを誘う。

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The Founders: The Story of Paypal and the Entrepreneurs Who Shaped Silicon Valley

イーロン・マスクが世界をかき回す今、まさに旬なのがマスクの原点を知るこの本だ。★★★★。シリコンバレーを牛耳る「ペイパルマフィア」のすべて。この集団からTesla、Facebook、YouTube、SpaceX、Yelp、Palantir、LinkedIn等、何百もの有名ベンチャーが生まれた。

ペイパルマフィアの源流は2000年、ふたつのスタートアップの合併に始まる。

ひとつは1998年12月設立のオンライン決済サービスConfinity(ピーター・ティール マックス・レヴチン、ルーク・ノゼック)で人気PDAのPalmPilotの赤外線通信を使った送金サービスを事業としていた。PalmPilot同士の送金への特化はあまりにマニアックだった。そこでメールによる送金機能を加えたところ、オークションのeBayユーザーに大人気となり急成長した。

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The Netanyahus: An Account of a Minor and Ultimately Even Negligible Episode in the History of a Very Famous Family

『ネタニヤフ家:ある有名な一族の歴史における些細な、そして最終的には無視できるようなエピソードの記録』”The Netanyahus: An Account of a Minor and Ultimately Even Negligible Episode in the History of a Very Famous Family” by Joshua Cohen, 2021 聴いた。ユダヤ感濃縮の暴露コメディ。

2021年度ピュリッツアー賞フィクション部門受賞作。『イスラエルの王』と呼ばれ、長く同国の顔として君臨したが、2021年に汚職で王座から引きずり降ろされたベンヤミン・ネタニヤフ元首相。彼の父親ベン=シオン・ネタニヤフは歴史学者で一時期アメリカのコーネル大学で教授を務めた。このときベンヤミンを含むネタニヤフ一家はアメリカで生活をしていた。

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Winter in Sokcho

2021年度全米図書賞翻訳文学賞作品。舞台は韓国と北朝鮮の国境にある観光都市の束草。夏は海水浴客でにぎわうが冬は閑散としている。名前のない主人公は25歳の女性でフランス系韓国人。彼女はフランス人の父親の記憶はなく、韓国人の母親に育てられた。外国語はフランス語より英語の方が得意だ。ソウルの大学を卒業後、母親の面倒をみるために故郷に戻り、ゲストハウスの受付嬢として働いている。

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Young Mungo

スコットランドのグラスゴーにはセルティックとレンジャーズという2つのサッカーチームがあり、100年を超えるライバル関係にある。両チームの対戦は「オールドファーム」と呼ばれ大いに盛り上がる。日本で言えば巨人阪神戦、早慶戦みたいな組み合わせだが、サポーターの対立は遥かに過激で、フーリガンたちが暴動を起こし死者を出すこともある。歴史的にセルティックはカトリック信者、レンジャーズはプロテスタント信者を支持基盤としており、両チームの対立はスポーツを超えた宗教対立でもあるからだ。そしてこの『オールドファーム』の対立関係が「ヤング・マンゴー」の骨組みだ。

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