The Founders: The Story of Paypal and the Entrepreneurs Who Shaped Silicon Valley

『創業者たち:ペイパルとシリコンバレーを形作った起業家たちの物語』

The Founders: The Story of Paypal and the Entrepreneurs Who Shaped Silicon Valley, by Jimmy Soni, 2022

イーロン・マスクが世界をかき回す今、まさに旬なのがマスクの原点を知るこの本だ。★★★★。シリコンバレーを牛耳る「ペイパルマフィア」のすべて。この集団からTesla、Facebook、YouTube、SpaceX、Yelp、Palantir、LinkedIn等、何百もの有名ベンチャーが生まれた。

ペイパルマフィアの源流は2000年、ふたつのスタートアップの合併に始まる。

ひとつは1998年12月設立のオンライン決済サービスConfinity(ピーター・ティール マックス・レヴチン、ルーク・ノゼック)で人気PDAのPalmPilotの赤外線通信を使った送金サービスを事業としていた。PalmPilot同士の送金への特化はあまりにマニアックだった。そこでメールによる送金機能を加えたところ、オークションのeBayユーザーに大人気となり急成長した。

もう一社はエックスドットコム(イーロン・マスク、ハリス・フリッカー、クリストファー・ペイン、エド・ホー)というオンライン銀行ベンチャー。こちらもメールによる送金が人気になった。ユーザー登録すると20ドルもらえるキャンペーンにより急拡大を果たした。こちらもeBayユーザーによく使われた。

2社とも社名がいまひとつであった。コン・フィニティは詐欺無限大という意味にとれるし、X.comはアダルトサイトの印象を持たれるから。しかし両者ともにビジネスは急成長を遂げた。

両者のサービスは似ていたので数カ月間、激しい競争を繰り広げた。そして2000年に両社は合併し社名はX.comとなる。ティールはイグジットしていったん会社を去る。元Intuit社長で大人の経営者ビル・ハリスが社長となった。しかし実権は最大株主のイーロン・マスクが握っていた。サービス名は命名の専門家に頼ってペイパルに変更。

合併後の会社の経営は困難を極めた。最大株主のマスクとハリスが衝突してハリスが退社しマスクがCEOになる。しかしマスクの強引な進め方に反発する人たちが増えた。2000年9月、マスクが新婚旅行に海外へ出で不在になった時、役員の半数がクーデターを起こす。ジョブズがアップルを追われたのに似ている。取締役会はマスクを解任しティールを暫定CEOに指名した。

ペイパルは2002年にIPOを果たした直後にeBayに15億ドルで買収される。この本はペイパルの創業前夜から買収までを描いている。買収でペイパルマフィアの多くが大金を手にした。彼らはペイパルを飛び出し次の起業や投資へと乗り出していく。ペイパルの創造的なカルチャーが無数のスタートアップへと広がっていく。

ペイパルマフィアの首領はマスクではなくピーター・ティールだ。ティールはスタンフォードのロースクール出身でファイナンスに詳しく、政治的には保守派であり、フィクサータイプだ。一方、ペイパルマフィアの創造的革新的な風土を作ったのは、スタンフォード大学院の物理学コースを2日間で退学したマスクだった。この本はふたりの強い個性のぶつかりあいのドラマだ。

ペイパルがなぜスーパー起業家を大勢生み出したのかよくわかった。ティールもマスクも若いし、人材を育てようとか、社員を大切にしようなどとは考えていない。しかし彼らはひたすら採用にこだわったのだ。とびきり優秀な人材しか入社させなかった。ティールとマスクはそうしたスーパー人材を魅了する能力を持っていた。スーパーA級の人材がスーパーA級を呼び込むサイクルが作られた。

この本はティールとマスクだけではなく数十人のマフィアの起業家人生にフォーカスを当てる。ルーク・ノセック、マックス・レヴチン、ケン・ハワリー、ユー・パン、ラッセル・シモンズら、脇を支えたメンバーもそれぞれが一冊になりそうなドラマチックな人生を生きている。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

コメントを残す