Black Cake

“Black Cake” by Charmaine Wilkerson, 2022 Huluがドラマ化決定。

『ブラックケーキ』娯楽度文学度共に高い家族のルーツドラマ ★★★★

アフリカ系と中国系のルーツを持つカリブ移民のエレノア・ベネットが病死する。夫は5年前に亡くなっていた。息子で有名な海洋科学者のバイロンと、長く家出状態の娘のベニーがカリフォルニアの実家で再会する。母親が雇った弁護士はエレノアに託されたものがあると伝える。それは母親の音声が録音されたUSBメモリと母親自慢のブラックケーキだった。ブラックケーキとは、結婚式やクリスマスにそれぞれの家に伝わるレシピでつくるカリブの伝統の菓子だ。ケーキには「その時が来たらこのブラックケーキを一緒に食べなさい」というメッセージが添えられていた。

葬儀の前日、弁護士の立会いのもと、バイロンとベネットは母エレノアの残した長時間の音声録音を聴く。そこで語られるのは、孤児だと聞かされていた両親の本当の正体と、彼らが過去を隠して生きてきた衝撃の理由についての物語だった。両親の名前さえ嘘だった。ベネット家はバイロンとベネットが信じていたような平凡な家族ではなかった。そしてエレノアは実はふたりの前に産んだもうひとりの子供がいるという秘密を打ち明ける。

ブラックケーキは家族ドラマでありミステリーだ。人種、移民、文化という家族のルーツをメインテーマにしているが、ルーツを守ることが大切だという単純なメッセージの作品ではない。ルーツを持つ複雑なベネット家を象徴するブラックケーキはカリブ伝統ではあるものの起源はそこにはない。それは近代にヨーロッパの北方からの移民によって持ち込まれたものだ。そしてこのケーキを作る材料の砂糖はアジアや南米のプランテーションで作られたものである。シャーメイン・ウィルカーソンはブラックケーキに、ルーツの大切さと同時にその純潔性にこだわることの無意味さ、馬鹿馬鹿しさを象徴させている。

デビュー作とは信じがたいほど巧妙にデザインされた重層的な物語だ。舞台はカリブの島、カリフォルニア、ニューヨーク、ロンドン、イタリア。頻繁に語り手を変えながら現代と過去を行き来する短いチャプターの連続で、ページをめくる手が止められなかった。登場人物の数が増えて話が複雑になるが、ラストではすべての伏線が回収される。さらにその先のサプライズまで用意しているサービス精神たっぷりのプロットなので、読後の満足度が極めて高い。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

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