Case Study
『ケース・スタディ』”Case Study” by Graeme Macrae Burnet, 2022
昔の心理学って確かに独特でした
ブッカー賞2022ロングリスト作品。1965年のロンドン、作家のGMB(著者のイニシャル)はマーティン・グレイを名乗る謎の人物から、彼の従妹が遺したという6冊のノートを郵送で受け取った。グレイはGMBにそのノートを元にして本を書いてほしいと依頼した。
ノートは匿名の女性によって書かれていた。彼女にはベロニカという姉がいた。ベロニカはカリスマ心理療法士のコリンズ・ブレイスウェイトの診察を受けていたが、クリニックの傍で飛び降り自殺をしていた。ノートの書き手は姉の死は心理療法が原因と考え、調査のためにレベッカ・スミスという偽名を使ってブレイスウェイトの患者になった。
精神科医を欺くために女性はレベッカのペルソナを入念に作り上げた。レベッカは本当の彼女とは正反対で、外交的で、演劇界で活躍し、性に積極的な女性で、精神に問題を抱えているという設定を演じた。
ブレイスウェイトはそれまでの精神医学を否定する「アンセラピー」という本で知られており、人間は複数の人格を持ち得るという信念の持ち主だった。彼の誘導的なセラピーセッションを重ねるうちに、覆面調査のために作り上げたレベッカという人格が彼女から独立してしいく。
GMBは受け取ったノートの真実性を半分疑っていたので単体での出版を断念し、ブレイスウエイトの伝記と一緒にして出版した。だから患者の女性のノートと、ブレイスウエイトの伝記が交互に展開する。ブレイスウエイトは、著者の空想の人物だが、いかにも60年代の精神科医の典型で、グーグルで検索したら出てきそうなほどリアルだ。
GMBは著者の略称なのか?。ノートに書かれたことは本当なのか?患者の女性やその姉は実在したのか?ブレイスウエイトの理論は正しいのか?この本はフィクションなのかノンフィクションなのか?読むほどに何を信じていいのかわからなくなる。虚構のバームクーヘンのような構造の本だ。
メタフィクションとしては少し複雑すぎる。このような多重構造にする必要があったのか疑問だ。しかし、60年代のレトロな世界を魅力的に再現しており、姉の死を捜査する妹と邪悪な精神科医の心理戦はスリリングで、いっきに最後まで読んでしまった。