After Sappho

“After Sappho” by Selby Wynn Schwartz, 2022 ブッカー賞ノミネート作品。

“The first thing we did was change our names. We were going to be Sappho,”

私たちが最初にしたのは名前を変えることでした。サッフォーでいくことにしました。

古代ギリシアの詩人サッフォー(630~570 BC)は、同性愛者だったと言われ、彼女が住んだレスボス島からレズビアンという言葉が生まれた。一説によると、サッフォーは島に選ばれた子女だけが入学できる女子高を作ったという。サッフォーが書いた詩は、完全な形で残っているものはわずかで、多くの作品は他の作家の作品の中に引用される形で、断片的に伝わっている。

“After Sappho”は、サッフォーの時代から2500年後、1880年のイタリアから1920年のロンドンとパリを舞台とする、同性愛の女性アーティストたちの物語だ。登場人物は、イタリアの詩人リナ・ポレッティ、作家ナタリー・バーネイ、芸術家ロメイン・ブルックス、女優のサラ・ベルナール、ダンサーのイサドラ・ダンカン、作家ナンシー・キュナード、作家ガートルード・スタイン、作家ラドクリフ・ホール、そして詩人バージニア・ウルフ…歴史上、有名な人物とそうでもない人物が混ざっている。

男性は一人も登場しない。登場人物はみなフェミニストでレズビアンである。ナレーターは彼女たちの総称として「私たち」という一人称を使う。当時のヨーロッパは男性優位で家父長的な社会で、女性に自由はない。権利を求めて声を上げるものもいれば、アートの形で表現するものがいる。束縛を逃れて女性同士の恋愛を楽しんで生きるものもいる。

この作品はフィクションでありノンフィクションでもある。サッフォーの詩が断片として今に伝わっているのと同じように、実在の人物の事実の断片を詩的な散文に再構成している。

前衛的な表現が目を引くが、フェミニズムによほどの思い入れがなければ途中で飽きてくる作品だ。博物館の教育的な展示みたいである。断片の連続なので全体的な盛り上がりに欠けることと、登場人物の内面を描写する記述がほとんどないことが原因だ。女性の声を重ねたフェミニズム小説と言えば、2020年度のブッカー賞受賞作”Girl, Woman, Other”(Bernardine Evaristo)は、教育的でありつつ感動的だった。それと比べると弱い。

前衛的な表現は良かった。前半は引き込まれた。3つ星。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

コメントを残す