The Philosophy of Modern Song

『現代音楽の哲学』ボブ・ディラン

“The Philosophy of Modern Song” by Bob Dylan, 2022

最高のコーヒーテーブルブックは、ボブ・ディランの”The Philosophy of Modern Song”だ。2016年ノーベル賞受賞後初の本であり、ディランが1950~1970代を中心に66曲の懐メロを選んで評論した。それぞれの楽曲に関連して選ばれた写真も充実している。YoutubeやSpotifyで曲を再生させながらディランのエッセイを読んでいると1時間、2時間がすぐ過ぎてしまう。

取り上げるアーティストは多彩で、ウィリー・ネルソン、ピート・シガーのようなフォーク、イーグルス、フー、グレイトフルデッドのようなロック、ハンク・ウィリアムス、ジョニー・キャッシュのようなカントリー、ペリー・コモやビング・クロスビーのようなポップス、エルビス・プレスリーやフランク・シナトラのような大スター、そしてR&Bやパンク、カントリーブルースやブルーグラスもある。次に何が出てくるのかページをめくるのが楽しい。

ディランのエッセイは大半が2つのパートで構成される。前半部は楽曲の世界観に深く入り込み、歌詞のフレーズを使いながら登場人物たちの気持ちを代弁する独白。偉大な歌手は登場人物に深く感情移入するからこそ、聴く人の心を動かす歌を歌うことができる。後半部では歌手や歌の背景を解説したり、その曲にまつわる個人的エピソードを披露する。60年以上のキャリアを持つディランならではの楽曲への深い洞察がある。

プレスリーの”Money Honey”ではディランは Art is a disagreemtnt. Money is an agreement.”という鮮やかな書き出しでお金の意味を語る。WHOの”My Genraration”では、ベビーブーマーからZ世代までの世代論を熱く語った。リトル・ウォルターの”Key To The Highway”は何の鍵なのかという解説や、”Blue Bayou”をカバーした「リンダ・ロンシュタット」が野球用語に定着するまでの顛末や、イーグルスは、ボブ・ルーマンの”Twitchy Woman”から一字取り払って”Witchy Woman”という曲を作ったが、まだ”Itchy Woman”という曲は誰も作っていないなどという軽口もある。ビック・ダモーネの”On The Street where you live”で恋人のいる街を訪れている男は、実はジェイムス・ディーンだという解釈もある。そしてブルーグラスはヘビメタだ。

ディランの曲選びはある意味ではとても偏っている。66曲中、62曲が男性歌手の歌で、女性歌手の歌はたった4曲しかない。ローズマリー・クルーニー come on-a my house、ジュディ・ガーランド come rain or come sunshine 、ニーナ・シモーヌ Don’t let me misunderstood、チャー Gypsies, Tramps & Thievesだ。ミソジニーと言われても仕方がない偏り方だ。そしてほぼ半数にあたる30曲が1950年代のオールディーズである。Robert Allen Zimmerman(本名)は1941年生まれの81歳なので、10代、20代の時に聴いた楽曲に大きな影響を受けたということを意味している。

ディランは自分が好きな歌について、常にレイドバックしながら、楽しそうに語り飛ばしていく。レコードをかけながらディランと一緒にコーヒーを飲んでいるようだ。2004年に出版された公式の自伝”Chronicles”よりもディランの飾らない人柄に迫ることができると感じた。

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大手版元サイモン・シュスターがこの本のサイン本900冊を8万円で販売したが、ロボットによるものだとバレて炎上、返金騒ぎになった。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

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