Winter in Sokcho
『束草の冬』 “Winter in Sokcho” Elisa Shua Dusapin, 2021
2021年度全米図書賞翻訳文学賞作品。舞台は韓国と北朝鮮の国境にある観光都市の束草。夏は海水浴客でにぎわうが冬は閑散としている。名前のない主人公は25歳の女性でフランス系韓国人。彼女はフランス人の父親の記憶はなく、韓国人の母親に育てられた。外国語はフランス語より英語の方が得意だ。ソウルの大学を卒業後、母親の面倒をみるために故郷に戻り、ゲストハウスの受付嬢として働いている。
フランス人のケランがゲストハウスにやってくる。彼は有名なグラフィックノベル作家で世界各地を旅行しながら作品を発表していた。ケランは主人公に観光案内を依頼する。主人公には結婚を考えるファッションモデル志望の恋人がいたが、国境地域や野山を案内するうちに、大人で芸術肌のケランに惹かれていく。ケランは女性のキャラクターを漫画に描くことができない。何度も練習で描くが出来が気に入らず黒く塗りつぶしている。主人公は自分を描いてもらいたいと密かに願っている。
国際色が豊かな小説だ。これがデビュー作のエリサ・シュア・デュサパンはパリとソウルとスイスで育った韓国系フランス人で、現在はスイス在住。この作品はフランス語から英訳されて全米図書賞を受賞した。しかし主人公とケランは主に英語で話している。北朝鮮国境の非武装地帯の様子、名産のタコやフグの料理、整形手術などいかにも韓国の話題がたくさん登場する。日本語や日本文化もときどき現れる。特に日本伝来のフグ料理は重要な役割を果たす。
主人公とケランの進展しない微妙な関係の物語で大したクライマックスもなく終わってしまう。しかし読んでいる間はこの世界に引き込まれた。得体のしれない不穏な雰囲気が魅力だ。美しいけれど食べたら死ぬかもしれないフグ料理みたいだ。欧米でこれが評価されたのはちょっと意外だ。韓国人の感性は日本人に近いので訳されたらヒットしそうな注目作。