Whole Earth: The Many Lives of Stewart Brand
『ホールアース:スチュアート・ブランドの数奇な人生』
Whole Earth: The Many Lives of Stewart Brand
by John Markoff, 2022
『Stay Hungry, Stay Foolish』のスチュアート・ブランドの評伝が出た。作家ジョン・マルコフが長期間の本人インタビューをもとに書き上げたオフィシャルで決定版的なバイオグラフィーになっている。デジタル系カウンターカルチャーの源流を知る、思ったよりも曲がりくねった旅。副題は”The Many Lives of Stewart Brand”。読んだ後訳すとすれば『数奇な人生』かな。面白かった。
1966年、LSDでトリップしながら屋根の上に寝そべっていた時、28歳のスチュアート・ブランドは人々が地球全体(ホールアース)を撮影した写真を見れば、人類の意識が変わると考えた。NASAに地球の写真の一般公開を呼びかけた。「なぜ我々は地球全体の写真を見たことがないのか?」という質問を印刷したバッジを配布するキャンペーンを開始した。
1968年ブランドが『ホール・アース・カタログ』を創刊した時には、衛星から撮影された地球の写真が使われた。ホール・アース・カタログは政府、大企業、正規の教育、教会が握っている権力から個人を解放することを目的とした。そして「個人が自分自身の教育を行い、自分自身のインスピレーションを見つけ、自分自身の環境を形成し、興味を持つ人と冒険を共有する」プロセスを支援するツールを紹介した。
カタログの掲載基準は、
1 便利な道具であること
2 独学に役立つ
3 高品質または低価格である
4 一般には知られておらず郵送で簡単に入手できる。
エコロジー、オーガニック、コンピュータ、太陽光発電、モバイルハウスなど当時のカウンターカルチャーを先導した。
ホールアースカタログは全米図書賞を受賞し150万部を刷ることもあったが、1972年に休刊する。ブランドが燃え尽きた。最終号には”Stay Hungry, Stay Foolish”というメッセージを読者に別れのメッセージとして掲載した。それが、2005年のスタンフォード大学卒業式のスピーチでスティーブ・ジョブズに紹介されて注目を浴びた。その後も散発的にWhole Earth Catalogは発行されているが大きな動きにはならなかった。
ブランドはその後Whole Earth Catalog(1968)の続編的なCoEvolution Quarterly(1974)、ソフトウェアのカタログ Whole Earth Software Review(1984)、オンラインコミュニティの先駆けとなったWELL(1985)、シナリオプランニングを普及させるコンサルティング企業Global Business Network(1986)、じっくり考えることを推奨するLong Now Foundation(1996)、地球上の全生物種のカタログ All Species Foundation(2000)などの活
動を精力的に行った。紆余曲折がメディア化してしまう運命の人だ。
”Information wants to be free”「情報は自由になりたがっている」も彼の言葉だ。
ブランドは常に時代の先取りをする。そしてメディアを作る。アーリーアダプターのカリスマになる。しかし時代が追いついた頃に彼は燃え尽きている。そしてまだ誰も気が付いていない新しいものに向かっていく。普及してマネタイズ出来る頃にはシーンから消えている「早すぎる男」だ。
副題のmany lives ofとあるように彼の思想と活動は何度も変容している。転向したといってもいい。80歳を超えた現在は、若い頃の個人主義からコミュニティ主義になり、自然主義者から技術主義者に変貌した。2009年に出版した「Whole Earth Discipline」では、原子力発電、遺伝子組み換え食品、都市中心の開発、惑星改造による気候制御の必要性を主張し、激しく物議をかもしている。福島の原発事故をみても意見は変わらなかった。40年前のブランドはこうした事柄に反対する人ではなかったか。
ブランドの人生全体(ホールライフ)を追いかけると、何が変わって何が変わらない本質かがわかる。ブランドのテクノロジー楽観主義の萌芽は最初からあった。ホール・アース・カタログの副題は”access to tools”だった。当初から世界を変える道具とテクノロジーにこだわっていた。常識に背を向ける天邪鬼な精神も変わっていない。常人の目には転向したように見えて彼の軸は変わっていない。Stay Hungry, Stay Foolishと言い続ける男なのだ。