Recitatif

“Recitatif” by Toni Morrison, 2022

どちらが黒人でどちらが白人?偏見リトマス紙でできた小説。

ノーベル賞作家トニ・モリソンが1983年に発表した実験小説。短すぎて単独本になっていなかったが、この1月ゼイディー・スミスの解説を付け、極薄ハードカバー本として刊行された。本当に素晴らしい企画になった。★★★★★。

トワイラとロベルタは8歳の時、孤児院で知り合った。ふたりは育児放棄の犠牲者だ。日曜日の教会に身勝手なふたりの母親は面会に現れる。トワイラの母親マリーは教会には適さない服装でやってきて、大柄で貫禄のあるいで立ちのロベルタの母親に握手を求めるが、ロベルタの母親は拒絶する。マリーは罵った。

8年後、トワイラはモーテルで受け付けの仕事をしていた。そこへロベルタが友人を連れて現れた。羽振りがよさそうな彼女たちはこれからウェストコーストへジミ・ヘンドリクスのライブを見に行く途中だという。トワイラは幼馴染との立場の違いに気分を害された。

さらに12年後、ある高級食品店で二人はばったり再会する。ロベルタはIBMのエグゼクティブと結婚してリムジンに乗っていた。トワイラは消防士と結婚して息子がいるが豊かとは言えない暮らしぶりであることがわかる。

このあとの人生で二人は1980年代に、人種偏見への抗議デモと、ある年のクリスマスのレストランで二度再会する。そのたびに短い会話を交わす。互いの暮らしぶりや生き方が明らかになる。

トニ・モリソンはふたりの淡い友情を描くだけのこの短編に巧妙な罠を仕掛けた。冒頭でふたりのうちひとりは白人でひとりは黒人だと書いているのだ。しかし最後までどちらがどちらなのかを明らかにしない。

読者はふたりの会話の端々に登場する思わせぶりな言葉から推測するしかない。

IBMのエグゼクティブの妻は白人?大柄で胸が大きくてゆったりした服装は黒人?ニューヨークのある場所に住んでいるのは白人?読者はあらゆる場面で二人の人種を想像せざるを得ない。そしてどちらかの姿を思い描いた瞬間、偏見を持っていることを認めなければならなくなる。

ゼイディー・スミスが小説本文を引用しながらコメントする形式で丁寧な解説をつけている。40ページの小説だがスミスの解説もほぼ同じ分量ある。この解説はまえがきの形をとっているが、ネタバレになるので絶対に小説の後に読むべきだ。

想像力豊かであればあるほど読者の偏見を炙り出してしまう酷な小説だ。

偏見を持っていない人はいないということをトニ・モリソンは鮮やかに証明した。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

コメントを残す