Young Mungo
『ヤング・マンゴー』”Young Mungo” Douglas Stuart, 2022
★★★★★
スコットランドのグラスゴーにはセルティックとレンジャーズという2つのサッカーチームがあり、100年を超えるライバル関係にある。両チームの対戦は「オールドファーム」と呼ばれ大いに盛り上がる。日本で言えば巨人阪神戦、早慶戦みたいな組み合わせだが、サポーターの対立は遥かに過激で、フーリガンたちが暴動を起こし死者を出すこともある。歴史的にセルティックはカトリック信者、レンジャーズはプロテスタント信者を支持基盤としており、両チームの対立はスポーツを超えた宗教対立でもあるからだ。そしてこの『オールドファーム』の対立関係が「ヤング・マンゴー」の骨組みだ。
1980年代15歳の少年マンゴーはグラスゴーの貧しい労働者階級の家に育った。父親はいない。アル中の母親は育児放棄をして男と遊んでいる。姉のジョディーは灰色の生活を抜け出すため大学に行く夢を持っている。兄のヘイミシュは地元ギャングのチンピラでナイフを振り回す危ない性格だ。末っ子のマンゴーは母親依存の内向的な子供で緊張するとチックが出てしまう。母親と兄はマンゴーにもっと男らしさを持たせたいと感じている。
過剰な男らしさとそれが生む悲劇がこの作品のテーマだ。マンゴーが住む低所得者層向け街区にはカトリックとプロテスタントの縄張りが設定されている。夜になると不良少年たちは工事現場を襲ったり、対立するグループと血みどろの抗争をする。弱気なマンゴーは気が進まないがヘイミシュに連れ出される。この環境で生き残るには男らしさが不可欠だった。
ところがマンゴーはホモセクシュアルだった。ある日マンゴーは同じ年頃の少年ジェイムズと恋に落ちる。ジェイムズが世話をする鳥小屋で逢瀬を重ねる時間は幸福だったが、テストステロンに満ちたこの場所で同性愛者ということは絶対に隠し通さなければならない秘密だった。しかもマンゴーはカトリックの家族、ジェイムズはプロテスタントの家族に育った。因縁のオールドファームの敵同士。兄のヘイミシュに知られたら破滅である。
母親は、マンゴーに男らしさをつけさせるため、アルコール依存症者の自助サークルで知り合ったチンピラ2人に頼んで電気も水もない山奥のキャンプへ行かせる。ところがこの2人は実はとんでもない経歴を持つヤバい男たちで、純朴なマンゴーにとってそこから阿鼻叫喚の地獄の日々が始まるのだった。
登場人物たちは非常に強いグラスウェイジアン(グラスゴー訛り)で喋る。ハミシュやチンピラたちが隠語交じりに物騒な内容を話すこのグラスウェイジアンが怖い。暴力、犯罪、薬物、セックス、差別、変態性欲が彼らの男らしさを構成している。男たちがさらっと途轍もないことを打ち明ける。マンゴーの姉のジョディは緊張すると無意識に笑ってしまう癖があるのだが読者もまた過度な男らしさの発露を前に笑うしかない。マスキュラニティの悲喜劇の傑作だ。
グラスゴーの貧民街を舞台にした壊れた家族の物語という点で前作『シュギー・ベイン』とそっくりだ。少年シュギーも同性愛であることがほのめかされていたが詳細は語られなかった。ダグラス・スチュアートはブッカー賞を受賞したことで心が解放されたのだろう。『ヤング・マンゴー』では文学賞を取るためのエログロ不道徳のリミッターを全部外して、過激さを倍化させて「オールドファーム」版同性愛ロミオとジュリエットを作り上げた。
『シュギーベイン』を読んでいてもいなくても、これは5つ星だ。
収集したグラスウェイジアン:ノーマルの英語のリスト
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