The Language Game: How Improvisation Created Language and Changed the World

『言語ゲーム:即興が言語を作り世界を変えた』”The Language Game: How Improvisation Created Language and Changed the World” by Morten H. Christiansen, Nick Chater2022

コーネル大学の心理学教授モーテン・H・クリスチャンセン、ワーウィック大学の行動学教授ニック・チェイターが「インプロヴィゼーションが言葉を生み、世界を変えた」説を一般読者向けにわかりやすいエピソードを交えて語る。★★★★。

1769年、クック探検隊の船が食糧と水を補給するために南米大陸の末端に上陸した時、西洋人と未接触の部族と遭遇した。西洋人と原住民はまったく異なる言葉を話し、異なる文化を持っていた。コミュニケーションは不可能に思われた。

しかし原住民が持っていた短い木の棒を横へ投げ捨てるとジェスチャーによる対話が始まった。棒を投げる行為が戦う意思がないことを示す普遍的なジェスチャーになった。西洋人は贈り物を差し出すことでメッセージを返した。

西洋人と原住民は即興の言語を作り上げていった。ひとつのジェスチャーで意味が共有されると、それを使ってさらに複雑なメッセージが作られる。西洋人の探検隊は岬を回る航海の意図を伝え、ついに水や食糧の調達に成功した。

クリスチャンセンとチェイターは言語の本質はシャレード(ジェスチャーで何をしているか当てるゲーム)であると結論する。たとえ共有する言語がなかったとしても、人類は身振り手振りと音声を使うことで、即興でコミュニケーションを作り出すことができる。

シャレード理論は、脳に生得的に言語を処理する回路が埋め込まれているというチョムスキーの普遍文法仮説や、コミュニケーションとは共有する暗号表に基づいてメッセージを解読する行為だという通信理論を否定する。そうではなくて言語は即興のゲームから生まれるのだ。

シャレードには身振り手振りだけでなく声も使えるという実験が紹介されていた。まったく言語と文化を共有しないふたりが「あーー」「バババ」「ハヘポ」のような声を使ってコミュニケーションをすると、そのうち即興言語が出来上がる。即興の言語は多くの人に長く使われると、複雑な文法と大規模な語彙を持つ言語に進化していく。

「物理法則を知らずにテニスをしたり、音楽理論を知らずに歌を歌ったりするのと同じように、私たちは言葉のルールを知らずに話しているのです。まさにこの意味で、私たちは言語を全く知らずに、巧みに効果的に話しているのです。」

脳が言語に対して最適化したのではなく、言語が脳に最適化したのだと二人の著者は主張する。シャレードで使われるジェスチャーには情報伝達に成功するもの、失敗するものがある。成功するジェスチャーのみが生き残る。自然淘汰と同じアルゴリズムで言語が進化してきた。ミーム論のリチャード・ドーキンスも「驚くほど明快でおかしくなるほど説得力がある」と称賛している。

即興のゲームと言うとジャズのインプロの掛け合いで曲ができあがっていくイメージが浮かんできたが、ジャズの場合、楽器やスケール、過去の楽曲を共有しているわけだから、少し違う。ジャズも西洋音楽も一切聴いたことがない人といきなりセッションは成り立つのか?それが成り立って新しい音楽が生まれるというのがこの言語理論だ。

興味深い歴史のエピソードや実験が紹介されていて読ませる本だった。

daiya

デジタルハリウッド大学教授 メディアライブラリ館長。多摩大学客員教授 ・データセクション株式会社顧問。書評家・翻訳者。

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